『天龍の台座』 と「大調和の庭」

宮古島のパワースポット 「石庭(いしにわ)」の持ち主 新城定吉さんとの会話は、会うたびに大きな確認と自分の役目を実感させられる場所です。三回目になる今回、新城さんに挨拶すると「新しい場所が奥にあるから感じてきなさい」とおっしゃったので、伊良部島の豊年祭(ゆーくい)に参加した北海道の皆さんを連れて石庭のサークル内での瞑想を含め、ひとつひとつの場所の説明とエネルギーを感じてもらいました。

今回、この石庭全体のエネルギーは、前よりも、やさしくおだやかになっていました。それは、もう自分だけの癒しの時代ではないことを示しています。新らしく正面奥に作った場所は、新城さんが天から降りてきた名前の「天龍の台座」と命名しています。


天龍の台座

この場所は、ものすごく強く、そして高いエネルギーの場所です。人によっては近づけない人もいると、サポートの女性(濱本政美さん)が、話してくれました。これは、とてもうれしい名前です。今年の4月、石庭に来て新城さんと話した中で宮古島・伊良部島の地球上の役目や龍の意味、そして、この石庭の石の役目を二人で話していたからです。今回、もっと驚いたのは、新城さんがまた新たな場所を掘り始めていたことでした。新城さんのサポーターをしている濱本さんに尋ねると、今年の6月から突然、密林を伐採して掘り始めたと話してくれます。

新城さんご自身も掘り始めた理由が、「わしにも、わからん。この年(84歳)で、こんなエネルギーがあるとは自分でも不思議に思う」とおっしゃってました。新城さんとの対話の中で今、掘っている場所の石はタテ石で、とても手がかかると話します。

※石庭の石は、宮古島が三度隆起した名残りとして、タテ石とヨコ石と斜め石があるそうです。新しい場所の意味とタテ石を立てる意味を私に問われたので、私はこうお答えしました。

掘り始めて3ヶ月になるタテ石と穴

「この石庭の役割は、時代と共に変わってきています。今までの場所のエネルギーが穏やかになった事はもう自分のための癒しではなく、新しい「天龍の台座」のように、個人と全体がつながるエネルギーを求めてくる人たちがやってくるでしょう。そして今、切り開いている場所のエネルギーは、「大調和」のエネルギー場です。そこに新城さんがタテ石を立てることで、宇宙の大調和が、ここに実現されます。どうぞ、お体を大切にしながら、石を立ててください。」

この石庭には、すばらしい木や石が、それぞれ全く違う役割として存在しています。その一部もご紹介ごしましょう。この石庭のジャングルの一番奥にある「緑の石を抱いたガジュマルの樹」のことを、新城さんは、どういうエネルギーに感じるかと、私に問いました。私は、この石を見たときに、「命そのもの」と感じましたし、樹全体と石の関係は、「宇宙の力、命そのもの」だとわかりました。

「大調和の庭」の奥にある大きな緑の石を抱いたガジュマルの樹

それがどういう意味かというと、宇宙根源の創造主の命=宇宙のすべての命の根源、そのものであるということです。普通は,その部分を実体化する必要がないのですが、この場所には、その役割が与えられているようです。それはとても大きな命の力であって、この全宇宙のつながりを動かす力を持っているということです。


石庭内にある持ち主の拝所(立入禁止) 
この大きな気づきと感動にひたっていると、新城さんが、また質問をしてきました。「吉岡さんには、石をあげたか?」今まで石をもらってはいないし、もらうつもりも無いので、「いいえ」とお答えすると、「ちょっとまってろ」と言って、奥へ行かれて、ひとつの石を感じてみろと手渡されました。手のひらに収まるこの石は、「大きな愛、とても大きな愛、そして、とても、強い愛の石です」とお答えすると、「それは陰の石だから、太陽に当ててごらんなさい」というので、外へ出て、太陽に光にしばらく当ててから感じると、とても陽の大きなやさしい愛のエネルギーを出しています。そう新城さんにお伝えすると、「じゃあ、それを吉岡さんにあげるよ」と言われました。


「大調和の庭」に入口にある精霊のいる場所
まったくもらうつもりも、欲しいという欲もなかった私は、突然、与えれたこの石の意味と役割と責任に対して、瞬間的に覚悟と決断をして、ありがたくいただくことにしました。この石が、どういうエネルギーかというと、私自身に与えられている力と全く同じエネルギーなのです。ただし、私自身が意識してこの石のエネルギーを使うと、私の最大エネルギーの100倍まで動かせる力があります。


頂いた石
この石は、陰の世界にも、陽の世界にも使えるエネルギーです。いずれ世界を守るために、使わなければいけないときがくるかもしれません。世の中のエネルギー安定と、そのことをサポートする大切な人たちのために使わせていただきます。

今後、私のところに来られた方には、見せる機会もあるでしょうが、触ることはできないことをご理解ください。私が手に乗せているだけでも、ボロボロ砕けてくるからです。これは光そのものであり、闇そのものでもある石、そして使う人の意識エネルギーで、すべてを操作して動かす方法は、マヤの時代にも使われていた方法です。水晶と同じ成分らしく、純粋になる、輝くために使わせていただきます。2005.10.28